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2009年冬 イタリア滞在記6 愛しのアマトリチャーナ

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 心の濃い人、フランチェンに別れを告げて長距離バスでローマへ。
カラブリアからローマまではバスで6時間!へき地脱出は大変困難。
久しぶりに戻ってきたローマはいつになく大都会に見える(笑)


ローマではルイーサ先生のおうちにお世話になることに。
指定の広場にたどりつくと見計らっていたかのようにルイーサが登場。

それもそのはず、この広場に面したパラッツォにお住いの彼女はベランダから私がタクシーを降りるところをみて降りてきたらしい。広場にはバス停、ローマ・テルミニ駅まで15分という好立地。都会、大好きだ~!

私が使わせてもらった部屋も広場に面した素敵なお部屋。
観光地ではないのでがやがやしているわけでもなく、かといって完全な住宅地で家しかないというつまんないロケーションでもなく、下町でもないのでゴミゴミした感じもない。
適度にお店やバールがあってローカル感はただよわせつつローマのチェントロ(中心地)から離れていないという最高のロケーション!
もしローマに住むならこんなことろがいいなと思ってしまうくらい。

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到着して小一時間ほどしてからさっそく料理レッスンのはじまりはじまり。
到着日と翌日曜日はルイーサが事前に準備した材料でのレッスン、リクエストは月曜以降にということになった。日曜日は大方のお店が閉まってしまうため、お料理をするなら土曜のうちにお買い物をしておかなければならないのがイタリア。それが首都であっても変わりはないのだ。

事前にリクエストを出していなかったので、ルイーサが提案してくれたメニューはすでに履修済みのローマの伝統料理が中心だった。ローマでは今までに数人の先生にお世話になっていたので、ローマ料理は当然たくさん習っていたこともあり少し残念~な思い。

が、しかし、ルイーサの作るローマ料理は今まで習ったものと違っていて、ひと手間ふた手間をいれて料理をしているため今まで、こんなものかな・・・と思っていたローマ料理がおいしくてしかたない。

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私がローマのレストラン等で善し悪しを判断する際のバロメーターになっているのは、アマトリチャーナ。
グアンチャーレという豚のほほ肉で作るハムとトマト、ペコリーノロマーノで仕上げるシンプルだけど難しいパスタ。以前、ローマのパッとしない場末感が漂う店で期待もせずにオーダーしたアマトリチャーナが信じられないくらいおいしくそれからすっかりアマトリチャーナのとりこに。しかし、今だにトラットリアSのアマトリチャーナを超えるものは見つからず、そしてそれをおいしく作ってくれるローマのマンマに出会えないでいたのだが、ここにきてやっとSの味に肉迫するアマトリチャーナを口にする事ができた!
初回のレッスンがこのアマトリチャーナであったため、いやがおうにも月曜以降のレッスンに期待が高まる。

こちらのひよこ豆のパスタも、嫌っていうほどいろんな方に教えてもらったけど、ルイーサのは隠し味を入れて仕上げるので今までに食べたことがないくらいに個性的で新鮮なお料理に仕上がっている。

聞けば、料理は好きで、常に料理本・料理雑誌で独学で研究を重ねてきたというルイーサ。
そのお料理好きを物語っているのがフライパンの数(笑)
フライパンが大小合わせて15個近くある。ものによっては同じサイズのフライパンが3個も。
フライパンが壊れた時に同じサイズのものがすぐに買えないと非常にいらだたしい思いをするとのことでフライパンが安売りしているととりあえず買ってしまうのだとか。フライパンはそうそう壊れないと思うのだけども・・・。滞在中に何度か激安フライパンを見かけ、そのたびにルイーサが「おおっ!」と反応を示し、そうなると私が「ルイーサぁ、いっぱいあるよね~。いらなくない?」とたしなめる場面が多々。
そんなわけで私の滞在中にフライパンは増えていない。

また彼女は大変なものもちで、天井いっぱいまであるパントリーの棚にはなだれ落ちてきそうなくらい粉やパスタがぎっしり。ハーブティーの種類はン十種類。
ここの家なら1カ月弱は籠城できそうだ。

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さて、月曜日からはどんな料理を教えてもらおうか。
カラブリアではついに見なかった肉塊にかぶりつきながら、次の食べることを考えるエンドレス食いしん坊。
こんなのだから、ローマに来てもカロリー消費をする暇がない!
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by buonaforchetta | 2009-03-06 17:57 | 2009年冬 イタリア滞在記

2009年冬 イタリア滞在記5  イタリアン・アラフォー

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(↑ カストロヴィッラリのメインストリート。おじいちゃんがいっぱい)
 さて、カストロヴィッラリの滞在。
最初は物静かで不安を感じさせた一家も慣れてしまえばよくしゃべる。
聞けば、日本人の受け入れは私が2人目だったらしく、まあ、要はあまり慣れていないということだったらしい。

独身息子のフランチェスコは37歳、まさしくアラフォー真っ盛り(?)
こんな田舎でこの職業が必要だろうかとはなはだ疑問だけど、フランチェンは弁護士クン。
会話が・・・・・固い・・・・・・。

「情報収集が仕事だからね!」と言って毎回食事の際にはTVニュースをかけるフランチェン。
滞在中、イタリアのメディアはとある女性の安楽死問題でずっと持ちっきりだったため、当然TVをかければその話ばかり。
そしてフランチェン、食事中に私に向かって「安楽死問題」について語ってくる。
イタリア人の人生観、宗教問題、安楽死についての法の不整備etc・・・、そんなモロモロの問題があってどうのこうのと延々5分近く安楽死について語る語る。
しかも食事中に。
しかも外国人の女相手に。

フランチェン・・・、絶対彼女いないでしょ・・・・・。


マンマが止めてくれなかったらずっとフランチェンは安楽死について語っていたのではないかと思われる。
恐るべしフランチェン。
しかし、せっかく覚えたEUTANASIA(安楽死・尊厳死)という単語。
次はいったいどんな場面で使うというのだろう。
フランチェンとしゃべるとこんな利用頻度の低い単語が増える増える・・・・。

そんなフランチェンがある日
「今夜、うちの県庁所在地のある町までボーリングしにいかないか?」
と誘ってくるからびっくり。

普段なら、イタリア男に誘われたらそれが滞在中のファミリーであろうがなんだろうが絶対お断りするのだけれども、相手はフランチェンですぜ。マンマのいる前で誘ってくるんですぜ(←真面目)。
安楽死の話はツライが、弁護士だし、どうみても安全だし、出かけてみようかな?

ここのカストロヴィッラリの滞在。
マンマの家はやや郊外の住宅地にあり、周りには楽しいものが何にもない。
おまけに、住人でもあけるのに恐ろしく時間を要する3重の扉を開けなければ外に出られず、たとえ鍵を預けてもらったとしても脱出不可能orz
出たとしても、最寄りのスーパーなどまで歩いて30分はかかる。
マンマは、午前中のお買いものタイムには外に連れ出してくれるがランチレッスンが終わると「お昼寝なさい」と言い残し、部屋へ引き揚げてしまう。
上記のような理由で、一日のほとんどはこの家の中。
こういうのを軟禁というのでは・・?
そんわけで慢性的に暇な私は、ネットができるわけでもないので、マンマに借りた料理の文献を一心不乱に読みあさったり、滞在前に買った料理雑誌などをなめるように隅から隅まで読んだり、ひどい時は時間つぶしに昼寝をしたりと非生産的!

 夕方たまにマンマが「出かけるけど、ついてくる?」というので、わ~いとお供すると、町の診療所で2時間待ちorz.......とか、有名な牧師さんの講演会で1時間くらいありがたいお説教を聞かせられるorz....など、若者には楽しいことがほとんどない町なのである(キッパリ)!!
(しかし、牧師さんの演説では徳の高い単語をいっぱい覚えることに。私のイタリア単語構成60%は食べ物・料理用語でできているわけで、食べ物以外に興味がない私には初めて触れるありがたいお言葉の数々。)

んなわけで、フランチェンは私をここから出してくれる白馬ならず、白いフィアットに乗ったおうじさまおじさま。

結局、真面目なフランチェンは男女1対1では外出しないらしく、友達数人と合流してのボーリング大会ということに。この配慮はありがたい、偉いぞ、フランチェン。
夜の8時位に家を出て約70キロ離れた県庁のある町までボーリング・・・でその日のうちに帰ってくるというのは日本人では絶対やらないパターンなのだけど、イタリア人は平気でこういうのをこなすのです。

夜の外出の話がまとまると、フランチェンが衝撃のひとこと。
「マンマ、今日ボクタチ、ボーリングに行くんだ。友達も来るから、マンマが焼いてくれたこのおいしいケーキを切り分けて紙に包んでおくれよ。友達とボーリングしながらたべたいんだよ。」
と素でマンマにおねだり。
ってアンタ、アラフォーでしょ????小学生の会話じゃないよね?
いろんなマザコンイタリア男を見聞きしていますが、こんなん初めて。


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(↑フランチェンの姪っ子ちゃんが、食べてるこのケーキをもってきました)

フランチェン・・・・、絶対彼女いないでしょ??




危険度は極めて低いことがさらに判明したフランチェンではあるけれど、問題は会話。
町に行くまでの1時間余り、
離婚弁護士とかなら、面白い話が聴けそうなものの、フランチェンは刑事裁判にも顔を出す弁護士クンなのでそういう下世話な世間話は期待できず。
フランチェンと二人きりの車内、また安楽死だのなんだの難しい話題を振られたらどうしようと思案にくれてしまう。そんなわけで、レッスンの後の時間はフランチェン対策として、法律用語並びに時事ネタ単語を辞書で調べて虎の巻を作る。さながら試験前の様相。

 いざ出かける段階になり、頭に叩き込んだ単語を反芻しながらフランチェンとの会話に備えていると、すでに車には一人の男が!フランチェンの友達らしい。
真面目な男女は、1対1で車に乗らないのである。えらいぞ、フランチェン。
私の予習は役に立たかったものの、気が楽になってよかったよかった。

その後、どんどん友人をピックアップし、町へ向かうのだが最初に迎えに来てくれた男友達以外は全部女子。
男女5人物語プラス私。なんか昭和のにおい。
フランチェン、女の子の友達いるんだね。

このアラフォー軍団によると、イタリアではただいま、face bookというmixiのようなソーシャル・ネットワーク流行っているらしい。「特にカストロヴィッラリではね!」とニヤニヤしながら付け加えるところをみると、この田舎では都会のローマなどより、ワンテンポ遅れて流行がやってきた模様。
なんでもフランチェンはface bookにはまりまくっているらしく、常にログイン状態。メールもチャットのスピードで返ってくるそうな。そして「いろいろな女の人と(ネット上で)知り合いになっている」と女友達にこっそり耳打ちされた。
フランチェン・・・・、独身・マザコン・ネット中毒・・・・orz 残念の3拍子。
フランチェン、いつもパソコンで仕事していると思ったのに実はネットでしたか!?

フランチェンの実態が明るみになった頃に、ようやく「都会」のコセンツァに到着。
確かにまあまあ、町。久しぶりに見る街灯が目にしみる。

まず最初はピッツェリアで腹ごしらえ。
ここでマンマお手製のドルチェも勝手に持ち込みして食べる食べる。
「ボクのマンマの手作りさ!」

まあ、これが日本だったらドン引きされるんだろうけど、お国柄なのでアラフォー友人の反応もいたって普通。
「フランチェのマンマ、お菓子上手ね~!」とだけ。
イタリアのアラフォー恐るべし。

ボーリング場にたどりついたのは11時近く。
こんな時間に夜の盛り場ナイトスポットにいるなんて、私ってば不良~。
考えてみると、イタリアに同世代の友人が少ないためこんな時間に遊びに行くってことがなかったんですわ。
今日は、アラフォー観察を兼ねて初のボーリング。

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ボーリングは日本ほど馴染みが少ないのか、フランチェンと友達のニンジン男(迎えに来てくれた彼ね。オレンジの服を着ていたのでみんなにそう呼ばれていた)以外の女子は私が見てもへたっぴ~。
そんなへたくそ女子に男子が手取り足取り教えてあげるのだ。
ウ~ン、青春?

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かくいう私は、立ち上がりはガーター連発だったものの最終的にはストライクなんかも出ちゃって、気づけば2位上がり。
フランチェンはストライク連発で1位でご機嫌。

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聞けば、ニンジン男の、大学時代に住んでいた家の下がボーリング場だったらしく(どんな家だ)、ボーリングは彼の得意技なんだとか。

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 結局、この女子3人の中にフランチェンの恋人がいるかどうかは判明しなかったけど、楽しいイタリアのアラフォーライフの見学になりました。

 ボーリングを終えて帰宅したのが深夜2時。
私はバタンキューだったけど、フランチェンの部屋からはキーボードをいじる音が。
face bookやってたのかしらん。

以上、今回の滞在で一番気になるひと、フランチェンのおぼえがきでした。
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by buonaforchetta | 2009-02-26 17:11 | 2009年冬 イタリア滞在記

2009年冬 イタリア滞在記4  ヤツの赤い影


 滞在してみて、ナポリの料理に共通するものが多いなとは思ったものの、やはりここはまぎれもなくカラブリア。見たこともない食べ物がいっぱい。

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  ショッキングなほど赤いバケツが並ぶショーケース。
こちら、カラブリア名物の「ローザマリア」またの名を「サルデラ」
生シラスの唐辛子漬け。
こんな赤い食べ物、早々見たことがない。

よく見ると赤い色もそれぞれ微妙に異なっており、辛さもちょっとづつ違うみたい。
これをトーストしたパンにペーストのようにして食べるのだそう。

マンマが魚屋のおっちゃんと話しこんでいる間に私はひとり軽犯罪。
マンマがおうちで食べましょうと買ってくれたにもかかわらず、待ちきれなくてバケツの端っこについたペーストを指にとって(勝手に)味見。

う~~~、かっら~~い!!
水くれ~と思ったけども、勝手に食べておいてそれはないね。ここは涙目で我慢。
しかし、これをご飯にのっけてお醤油少したらしたら絶対おいしいと思う。
マンマにしつこく食べ方を聞いたのだけれども「ブルスケッタ」よとしか言わない。
パスタに混ぜてもおいしいんじゃない?

写真の右側にあるのはイワシの唐辛子漬け。
塩漬けにされるのと唐辛子づけにされるの、どっちが痛いだろう??
とりあえず何でも唐辛子。

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サラミやサルシッチャも断りがない限り、全部辛い
salame dolce(サラミ 甘口)と書いてあるので、唐辛子が入っていないのかな?と思うのだけれど辛さが控え目だというだけで、とりあえず辛い。


 
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料理が茶色系が多いといったものの、カラブリアのサラミはほんとに色鮮やか。
唐辛子のほかに、パプリカパウダーをたっぷりと肉に練りこんでこの鮮明なサルシッチャをつくっているのだとか。各家庭でいまだに手づくりサラミやサルシッチャづくりは欠かせない恒例行事だというカラブリア。
このサラミに必要不可欠なパプリカパウダーも自家製らしく、天日でほしたパプリカを、パプリカ専用の臼で粉にするんだって。

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ついでにこんなものまで赤い。
ペペロンチーノ入り、ペコリーノ。
ちびちび削りながら食べると地の赤ワインに実にあう。

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懸念されたほど「お尻がいたくなるような」激辛料理というのはなく、むしろ料理にアクセントを与えるようなちょうどよい加減の使われ方。
単調になりがちな食材のローテーテョンにこやつはかかせないのだ。
しかし、フランチェンとマンマ、フツーのトマトソースのパスタが物足りなかったらしく、片手に生のペペロンチーノをもって、パスタと交互に食べてた姿にはびっくり。生の唐辛子、かじるか?ふつう?
ふっと地面に目をやると、ヤツは庭の片隅にいるのです。
きっとどこの家庭にもヤツが1本や2本くらい植わっているのだろうな。恐るべしカラブリア。



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で、こちらが私のお気に入り食材。
干しオリーブ。
作り方はいたって簡単。
よく熟れたオリーブの表面1か所に穴をあけ、乾燥するまで天日にさらす。

これがさ~、実にうまい。
かじるとオリーブのうまみが凝縮、オイルがじわ~~~んと染み出てくるのです。
種も入っているのだけど、すぐに種を口から出すのが惜しくエキスをさんざん吸い取ってからペッと出すわけ。塩も何もしていないというのに、実においしい。
マンマのオリーブ農園でとれたオリーブでの自家製品。
お店でもあまり売っていないということで、「おいし~、おいし~!」を100連発ほどしたらマンマがお土産にって袋に入れてくれました(←狙ってました・笑)

昨年植えたうちのオリーブ、数年後に実をつけることがあったら干しオリーブを作ろう。
 
オリーブってこんなにうまい?
これだけで、ワインがぶ飲みできます。
オイ、酒もってこいっ・・・・!

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で、カラブリアの酒はこんなのがおいしかった。(酔ってからとったのでブレブレ)
LIQUORIZIAという食後酒。
なんでも「RIGULIZIA」という木の根から作られるリキュールらしい。この木の和名がどうしてもわからず何の気なのか気になる木。誰か知ってたら教えてください。
肝心な味はというと、養命酒系。
かなりドロッとして見た目はタールのよう。濃度が高く、甘苦い。滓も相当たまっており、この魔女が大鍋で作ったようなこの酒、
裏を読むとこんな効能が羅列してある。
「健康によいのはもちろん、消化をたすけ、気持ちを落ち着け、血をサラサラにする。また、ノド・呼吸にもよく(??直訳キングですみません。呼吸器系にいいってこと?)きくとな。

まさしく万能薬。
カラブリア滞在の最後の夜に出会ったので買えず仕舞い。
思えば、カラブリアの人々はほかの地域の人に比べて食後酒をよく飲む。
滞在中、数か所で約20人近くの人々と酒を酌み交わしたが、みんなほとんど食後酒を飲んでいたなと思う。



そんなこんなで怒涛のごとく、新しい食材に出会ったカラブリア。
これで南のカラブリアにいったらどんなすごいことになるのだろう?
実はカラブリアで食べ残してしまったあるお菓子があるので、今度はそれを食べにレッジョ・ディ・カラブリアもっと南のカラブリアにいつか行きたいな~。

*タイトルはシャーとは関係ありません。念のため(oofuneさんへの私信です)
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by buonaforchetta | 2009-02-23 19:10 | 2009年冬 イタリア滞在記

2009年冬 イタリア滞在記3 北カラブリア料理のあらまし

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到着日から始まった料理レッスンは、私の「郷土料理を」のリクエストをもとに展開。
出来上がった料理はブータンのくだりがやや的中気味の割とシンプルな料理たち。
それにマンマの調理法は廃棄率が極めて少ない素材をできる限り使うまさしく主婦の鏡。

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登場する食材も、オリーブ、アンチョビ、ペペロンチーノ、パン粉など保存のきくものが圧倒的に多い。
蛋白源はというと自家製のペペロンチーノ入りのサラミに、バカラ(塩漬けのタラ)もしくはストッコ(干しタラ)などこちらも保存のきく食材が中心。

色合いも割と地味子。ナポリあたりの料理は割と色とりどり、目にも鮮やかな料理がお目見えするのだけれども、こっちの料理はなんというか「茶色系」。
お弁当箱開けたら、茶色い系しか入っていない中学校時代の悲しい思いで。隣の席の子はカラフルお弁当なのに。まあ、そんな感想の見た目のものが多い。


レッスンの合間(というか、後述するがレッスン以外はヒマ)にマンマから借りた料理の歴史本をかなり読み込んだところ、この実に素朴なカラブリアの料理たちが理解できるのだった。

 今回私が訪れたのはイタリアのつま先の州、カラブリア。
といっても、滞在先のカストロヴィッラリという街はナポリがあるカンパニア州、バジリカータ州とカラブリアの3州が隣接する州境。
特にこのカストロヴィッラリというのは、ポッリーノ国立公園というこの3州にまたがっている山のふもとにあり、食文化圏もこのポッリーノ国立公園一帯に属する。ということは、カラブリア、カンパニア、バジリカータの融合体のお料理が並ぶというわけ。



まず、驚くのがこんなごくごく小さい無名の田舎町でエリアも限定的であるにもかかわらず、郷土料理が確立されており、そのエリアの食文化の歴史・ルーツを記した本が出版されているということ。
カラブリアなら「カラブリア料理」とひとくくりにしたくなるものの、10キロ先の町に行くと異なった食文化があるということが珍しくないイタリアの事、おそらく、カラブリア州の海に囲まれた最南端にいくとカストロヴィッラリとは(共通する料理はあるものの)、異なったお料理が並ぶのだろう。
というわけで、以下に記すのは「北」カラブリア料理のあらまし。



その歴史書によれば、この山間部のカラブリア料理の特徴というのは

その昔、生産性の低い土地での農業、羊飼いがこの地域の主な産業であり、また冬が厳しいことから、そこから得られた農産物などを
■塩漬け、酢漬け、オイル漬けの保存食文化が発達し
■厳しい冬を乗り越えるために、必要最低限の食材を使いこなしての料理
というのが中心になっており、それを彩っていたのが
■特産のオリーブオイルとペペロンチーノ
ということになる、らしい。

クリスマスや復活祭といった特別な時でも、、ふんだんに材料を使って料理をするということは少なく、「手に入る食材を組み合わせて料理をする」という習慣があったらしい。



ということは、ここでは冬を越せるかどうかというのが死活問題で料理がおいしいとか、見た目がリッチ~とか能天気なことを言っている場合ではないという壮絶な世界。

マンマが口癖のように「戦争のときには食べ物がなくてね~」と繰り返し言い、材料を徹底的に節約して使う姿。(そのたびにフランチェンが「マンマは戦後生まれじゃないか~!」と突っ込む。が、きっとマンマのマンマにそういう話を聞かされて育ったんだろうね。何せこのマンマ、ブロッコリーの葉っぱ一枚捨てずにお料理に使うのだから。)
それに、先日通ってきた荒れた岩肌に斜面の雪。

そんなマンマの在り方とあの景色を思えば、まさしく文献のとおりなんだと思う。
 
「パン粉とアンチョビのパスタ」という茶色系の地味な料理があり、「これぞまさに給料日前のパスタ。節約料理ね~」と味わい深いアンチョビのしみ込んだパン粉をもさもさ食べならがそんなことを考えたのだけれども、
ところが文献によるとこのパスタというのは「クリスマスイブの晩餐に出される”ごちそう”の一つ」ということだった。
ひぃ、スミマセン!!

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海から車で小一時間離れたこの土地、大昔はきっと鮮魚も手に入りづらく、アンチョビのオイル漬けがきっと貴重な海の幸だったのだろう。つつましやかな気持ちでクリスマスの前夜をこの料理を大切にいただいてきた姿が思い浮かばれるのだった。

シンプルな料理に刺激を与えているのがやはりペペロンチーノ。冬の食べ物が乏しい時期には、体の底から温めてくれるこれが欠かせず、そしてまた、色が乏しいこの時期に、夏の名残を残した赤い一片がその食卓を彩っていたのだろう。
ペペロンチーノは、活力源でもあり、そして人々の小さな希望の種。


イタリアをほうぼうまわって家庭料理、郷土料理を食べ歩いてきた経験から言ってここで見るお料理は全体を通しても一番シンプルな部類に入ると思う。
滞在中であったこの一帯の人々に「ウチの郷土料理を習っているんだって?何を教えてもらったの?」と聞かれることがたびたびあり、マンマに習った料理名を羅列したところ、ほとんどの人が
「それはずいぶんご馳走ばかりを習ったんだね!」と口をそろえて言うのだった。
食べものが豊かになった時代でも、このつつましやかな料理がここの人々の精神の根底にあるのだということがこの反応からもうかがわれる。
(もちろん、まちにいけば、肉・魚何でも買えるし、みんなそれを食べてはいるのだけども)


そんなわけで、こんなどっか~んとキレイな料理が出されると



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「いいんですか?なんか今日、リッチめにゅーじゃないですか?」
とつい思っちゃう(笑)

3月のレッスンのメニューでもある
「バカラの煮込み」は、ブドウやオリーブの収穫といった年間で一番労働力を要する時期にだけ出されたごちそうだそうな。
つまり、カストロヴィッラリの一番のハイカロリー料理(笑)??
もちろん、おいしゅうございましたよ。


こんな"ごちそう"をいただいながらも、ど田舎滞在でする事がない私。
オリーブでもブドウでも摘み取りしてナポリから徐々に蓄積されつつあるカロリーを消費をしたいものの、
いったいどこでどうすれば消費できるんでしょう????
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by buonaforchetta | 2009-02-23 18:09 | 2009年冬 イタリア滞在記

2009年冬 イタリア滞在記2 カラブリアに向かっている(はず)

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 マリーサ宅での楽しい日々もあっという間。
ナポリよりさらに南下してカラブリアへ向かうことに。
マリーサには「カラブリアになんか行ったら唐辛子だらけで、オシリいたくなるんだから~!なんでウチにいないでそんなとこ行くの~!」と何度もなじられました。ゴメンネ、マリーサ。

お隣の州のカラブリア。だけど、ナポリからバスで4時間。
初めて聞く名前の長距離バスに乗って、見慣れたナポリをどんどん離れていく。

で、そのうちに居眠りをこいて1時間以上が経過。
目を覚ますと。


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チロリン村?
私確か南下しているはずじゃ・・・?なんか北に来ているような。
ナポリをちょっと過ぎたあたりでは、菜の花畑やオレンジ畑が続き、何となく春の気配だったので、更に南に向かえばもっと暖かいかな~なんて勝手に想像していたのです。

行けども行けどもこんな景色。
遠くに見えて、見上げるようだった雪山も、気づけば目の高さとおんなじに。
だいぶ標高が上がっているらしい。

ガイドブックにもほとんど情報がないカラブリア。
おまけに、イタリア料理の専門誌を見ても取り上げられることが少ない。
「唐辛子を使った料理が多い」  まあ、その程度。
今回のカラブリア滞在は、知人の紹介によるもので、その滞在先の住所しか最たる情報がない始末。

いったい私はどこへ向かっているんだろう。
荒涼とした高地をずーーと眺めるのに飽きると、以前みたTV番組の内容が思い出された。

“標高が高く、寒いブータンでは、農作物が豊富にとれるとは言えず、寒さをしのぎ、体を温かくするため、わずかな食べ物に大量の唐辛子を混ぜて食べるのだ”と。

このブータン唐辛子理論。
この景色に名産の唐辛子。
カラブリアもこのパターンだろうか?
「農作物が豊富にとれず・・・・」のくだりがリフレイン。

いったいどんな場所でどんな料理が私を待っているのだろう?
いろいろ考えを巡らせていると、バスは山あいの道をぐ~~っと下りだし雪山のふもとの町へたどりついた。

待っていたのは、カラブリアのマンマとその独身息子のフランチェスコ。
挨拶を交わすと「おうちへ行きましょう」と車へ案内してくれる。
車内に乗り込むと、通常のパターンだと、マンマからの質問攻めorマンマのマシンガントーク・・・というのがセオリーなはずなのに、この親子、ものすごく静か。
異様に静かな車内。落ち着かないんですけど・・・・・・。
「ナンですかね?雪がだいぶ積もっているようですけど、冬場はこんな天気なんですかね?」
と無難な天気トークで会話の糸口を探す私。イタリア人と会話に困った初の経験。
世界各国天気の会話は無難なのだ。

いったい私のカラブリア生活はどんなものになるんだろう
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by buonaforchetta | 2009-02-20 15:43 | 2009年冬 イタリア滞在記

2009年冬 イタリア滞在記1 ガレットデロワとマリーサ

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パリで撮った数少ない写真の一つ。食べ物の写真以外はとっていない(汗)

 1月の下旬、成田からまずはパリへ。そこで半日ほどストップオーバーで、パリの市内散策を楽しみ、それから夜にローマ入りという旅程でした。
パリのツンとした雰囲気は相変わらず慣れないもので、ローマについた翌日にバールのイケてるお兄チャンがウィンクしながら差し出してくれたカプチーノを飲んでみてやっぱりイタリアが性に合っているなと今更ながら再確認。
このカプチーノでイタリア生活の始まり始まり。

まずはユーロスターでナポリへ南下。
もちろんマリーサに会うためです。
だいぶこぎれいになったナポリの中央駅からタクシーに乗りマリーサの家の近くまで。
ナポリは道路の舗装工事が順次進められており、一区画終わるとまた別のことろ・・・・といった感じで工事は一向に終了の気配を見せない。アスファルトを敷くのではなく、手作業でモザイク石を置いて美しいうろこ形の石畳に仕上げるのだから当然時間がかかる。
そんなわけで、相変わらず工事ばかりの道路を横切り約1年ぶりのマリーサの家へ。
呼び鈴を鳴らすとドアの向こうから
「マ~~~~~~ナ~~~~~!!!!!!」
と大絶叫が聞こえてきて、マリーサの健在ぶりがうかがわれ(笑)

マリーサ一家には多少変わったことはあったものの、おおむねいつもどおりの変わらない日々をすごしているとのこと。
欠陥工事による天井の雨漏りのシミのあともそのまま、それの訴訟も未だ決着がつかず進展を見せていないというのはいかにもナポリらしい。
変わったことは、その雨漏りによって大型TVが壊れてしまったことと、やけに新しいポップなお皿と敷物が増えていること。マリーサ家の家財道具一式を把握しているもので、皿一枚、鍋ひとつ増えただけでもわかるのです。私の実家か!


 初日の夜は一家大集合。
私からのパリ土産のガレット・デ・ロワをみんなでいただくことに。
本場のガレット・デ・ロワ。食べてみたいもののかなりのビッグサイズで旅行者の私にはきつい大きさ・・・・、とパリの散策中ブーランジェリーで見かけたおいしそうなパイをウィンドウ越しに生唾飲んでいたのですが、マリーサの家に持ってきちゃえば問題ないということで、パリで憧れのブーランジェリーでのお買い物をしたのでした。

ガレット・デ・ロワの習慣はイタリアにはありませんので、中に陶器の小さい人形が入っていると説明すると「何で?それ食べなきゃいけないの?」と大騒ぎ(笑)
コラコラ最後まで話を聞きなさいっつーの。

パイを切り分け一同神妙な面持ちでパイを食べ始める一同。・・・というよりはフォークであるものを探っている感じ。
いつになくみんな黙りこんで、パイをほじくりかえす。考えていることはみんな一緒。

どれにも入っていないんじゃないのかな・・・という空気が流れだしたときに、
「あった!!!」
と声を上げたのはやっぱりこの人しかいません!

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さすがマリーサ。 おいしいところを持っていくのはやっぱり彼女しかいないのね。
女王様の貫録十分。


隣にいる可憐な少女(パジャマ姿だけど・・・)、国立サンカルロ劇場でバレエの研修に来ている18歳のバレリーナ。はじめましてのご挨拶は堅い握手というのがイタリアのお決まりなのだけれども、彼女と握手をしようとしたら、私が握ったら折れちゃうんじゃ?というくらい細くて重力を感じない細い子だった。そんな子がひと月とはいえ、食い倒れなマリーサの家に下宿するというのは無慈悲なことじゃないかしらね。

何せ女王は冠をいただきながら、このバレリーナの前で
「世界中の女の中で、体重を気にしないのは私だけよ!だから何食べたって怖くないのよ、ガハハハ!」と、謎の勝利宣言をするのだから。

そんな女王、マリーサと作ったお料理の数々。
滞在中、ケータリングなどもあったため、かなりたくさん料理を作りました。
一説によると270近いレシピがあるというマリーサ。
今までに半分以上は習ったかな?マリーサを全クリするする日はまだまだ先のよう。

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どれもこれもマリーサスペシャルでおいしい♪♪
バレリーナも「ヒィィ!」と言いながら、食欲にはかなわずマリーサのごちそうを平らげるのが常になってしまってました。口癖は「明日、いつもの倍踊る」
踊らない私はいったいどこでこのカロリーを消費すれば・・・・????
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by buonaforchetta | 2009-02-15 14:34 | 2009年冬 イタリア滞在記